「苦手な人」に思うこと。

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お久しぶりの戯言。
SNSにポストしようと書いていたら、長くなってしまったのでここへ(笑)

「嫌いな人」と「苦手な人」は違う

友人たちから「あの人嫌い」という愚痴を聞くことがある。
あたしはそれを「しょせん“好きの裏返し”だろう」と思って聞き流しておく。

嫌い(アンチ)になるのは、その人にすごーく興味がある証拠。
羨望が過ぎて嫉妬に転じてしまったり、好きが伝わらず嫌いになってしまったり、愛と憎悪はいつだって簡単にひっくり返ってしまう。
言った本人がそれに気づけば関係は変わりそうなものだが、あたしは基本冷たいヤツなので、お節介な助言はしない(笑)

だが「あの人苦手」という意見だけは、モヤッとする。
しかも複数の人から同じ人に対する「苦手」意見を耳にしてしまうと、胸中複雑な気分になる。

仮に、苦手と思われた人をAさんとしよう。

たとえば何名かでイベントに参加しようとしたとき「Aさんも誘おうよ」とあたしが提案したとする。
その返答が「私、Aさんって苦手なの。ごめんね」みたいな事例なら「そっか。じゃー他の人にしよう」で済む話だ。

しかし、脈絡なく「Aさんって苦手なんだよねー」と言われた場合はどうだろう。
まず第一に「なんでこの人はあたしにわざわざ『Aさんが苦手』だと告げたのだろう」という疑問が生じる。おそらくだが、言った当人はそこに同意(共感)めいたものを求めているのではないか。
(声色やニュアンスからそう取れることが多い)

次に「なんて返答したらいいのか」と困ってしまう。目の前の友人よりAさんのほうが親しいならば、迷わず「でもいいところもあるよ」とAさんのフォローに回るが、問題はそのAさんとあたしが別に親しくなかったり、苦手な理由が「ごもっとも」なケースだ。

複数人から「苦手」と思われてしまう人とは

複数名から打ち明けられた場合、苦手な理由はほぼ同じ。Aさんとトラブルに遭ったり、Aさんに迷惑をかけられたなど、シチュエーションこそ異なるものの、原因はそのときのAさんの振る舞いにある。

たぶんAさん本人は、それまでいろんな友人と起こしたトラブルやかけた迷惑について、上手にフォローできていないのだろう。それどころか、相手を困らせたことすら無自覚な可能性もある。そこで周囲がAさんを「嫌い」ではなく「苦手」になってしまったのは、ひとえに「好きじゃない」がベースの感情だからだ。

おもしろいのは、多方から苦手とされるAさんに対し、皆口を揃えたように「悪い人じゃないんだけどね」と添えること。
悪い人じゃないけど、いい人ではない。だから好きじゃないし、嫌いにもならない。ただただ、何かしらイヤな目に遭ったことで「苦手」となり、今後関わりたくないという結論に達したのだろう。

Aさんとあたしが別に親しくない場合、あたしは「うーん、確かにそういうとこあるよねー」と曖昧に同意する。あたし自身も似たような目に遭っているとしてもだ。
「そうそう!」と煽ったら、話題がヒートアップしかねない。思うところあっても、悪口大会で盛り上がるのはあまり気分のいいものではない。
(うっかり乗ってしまったこともないわけではないが)

Aさんみたいな人は、どこにでもいる。もしかしたら、あたしだってどこかの集団からは「あの人苦手」と遠ざけられているかもしれない。

誰にだって苦手な人はいる

相性でくくってしまうのは短絡的すぎるが、たぶん根本の「合う/合わない」気質というものがあるのだろう。Aさんを慕っている人だって、きっとたくさんいるはずだ。

かくいうあたしにも、苦手な人はいる。決定的なトラブルや迷惑を被っていないから絶交はしていないが、できるだけ関わらないよう距離を置いている。

「苦手な人」でも、必要以上に近づいてこなければ別にいいとあたしは思っている。
複数名で会うならかまわない。ふたりきりで会うのは少々ためらうが、必要なら応じないこともない。

たぶんあたしの苦手意識は、他の人より軽めなのだろう。他の友人同様、実際トラブルが起こりイヤな目に遭った人でも「遠巻きに見ている分にはおもしろい」と思ってしまう。

様子のおかしな人ほど不快感より好奇心が上回ってしまうのは、物書きの性分かもしれない。実に悪趣味だ(笑)

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