男目線で伊藤野枝の魅力を考えた日。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

「伊藤野枝のような女になれ」
先日、久々に飲んだお兄様が放った言葉。

20160725
あたしが忘れないよう、ノートに書いてくれました。

無知なあたしは「どこの女!?」と思ってしまいました。苦笑
(ググってみたら、大正時代に婦人解放活動をしていた作家であることが判明⇒Wikipedia

お兄様の言わんとするところが何なのか、酒の席での会話だったこともあり若干不明瞭なのですが、あたしなりに解釈すると、およそこういうことなのではと思いました。

・許嫁からの脱走、教師との恋愛(のちに結婚~離婚)、四角関係からの不倫略奪婚など、とにかく奔放なところ。
(没後「自由恋愛の神様」として女性にあがめられている)
・わがままに見える一方、子供を計7人も産みながら雑誌編集や執筆活動に精を出したそのバイタリティー。
(時代とはいえ、当時婦人解放運動をしていた女性でこれほどの子沢山は他にいなかったのでは)
・結婚制度の否定を謳うなど、そのポテンシャルを如何なく発揮した生きざま。
(時代が早すぎたせいで、アナキストとして凄惨な末路を迎えたが⇒甘粕事件

あいにくあたしはジャーナリズム精神が皆無なため、世の何かに怒りを覚えたり、世の中に何か影響を与えようなどというスケールの大きさは持ち合わせていません。
しかし「本能のままに生きる」タブーのなさという点では、こんな女性が生きにくい昔の時代に平然とやってのけた彼女を、純粋に尊敬します。
あたしはわりと時代に適応しちゃう女なので、彼女と同じ時代に生まれていたとしても、同じように吠えたりはしなかったでしょう。むしろ当時の「女というものは」からはみ出さないレベルで、こそこそと悪さする程度の「ちゃっかりキャラ」で、世知辛い世の中を楽しく泳いでいたかもしれません。
(今とそう変わりないような)

お兄様は、あたしに「もっとスケールの大きな女になれ」と言いたかったのでしょうか。
それとも「もっと(今以上に)奔放に生きてそれを書いて残せ」と言いたかったのでしょうか。

おそらく後者だと想像しますが、あたしの奔放さはあえて自制しなかったのではなく「結果として奔放な生き方を選択してしまった」だけなので、意図してやれるかどうかは難しいところです。
いや、むしろあたしのように「考えなく奔放なことばかりしている」ほうが、計算して振る舞うよりずっとタチが悪いのかもしれません。

しかしお兄様「こんな女とセックスしたかった」は名言ですね。
あたしも生きざまに惚れられる女になりたいものです(笑)

PICKUP

ARCHIVE

PAGE TOP