「私」発言の行間から透ける本音、あるいは裏に込められたアピールとは

戯言

「私は〇〇な人間です」
何気ないSNSの投稿や投稿についたコメントで、このような「プチ自己主張」を見かけることがよくある。
(あたし自身もよくやってる)
しょせん流れてしまうタイムライン。その発言に深い意味はないと聞き流してもたいして問題ないと思うが、あたしはつい、行間に見え隠れする「その人の本音」を推測してしまう。

「私は〇〇な人間(だと思われたい)です」
という、理想からくる思い込み(あるいはブランディング的ペルソナ)だったり。
「私は〇〇な人間(だから△△されたい)です」
という、察してちゃんな希望だったり。
(後者の△△には「優しくされたい」「かまってほしい」「放っておいてほしい」などが入る)

こうやって文字にすると、発言者のイヤらしさがよくわかる(笑)
でも、発言してる側は無意識レベルであることも多く、受け取る側はモヤッとその匂いを感じはするものの、あえてツッコみはしないだろう。

また、女子にありがちな以下の発言などにも、したたかな自己アピールが含まれていることがある。

「私、子供大好きなんだー」
⇒子供好きな私って、いいお嫁さんになりそうだと思わない?
「ワンコかわいいー♪」
⇒私って、犬と同じくらいかわいいでしょ?

脳内変換してみると、女子のしたたかさがよくわかる(笑)

たとえばデート中の発言であれば、SNSとは違い表情やしぐさといった情報まで入ってくるので、よーく観察すればわかるはず。裏のある自己アピールなら意外とそっけないし、本当に好きなら手や服が汚れるのもかまわず接触するはずだ。

日本人は、本音と建て前をうまく使い分ける。
それは美徳でもあるし、人間関係を潤滑にするための配慮でもあるし、よく思われたい、あるいは嫌われたくないが故の嘘でもある。

真実や本音をベールで包み込むのを卑怯だと見る向きもあるが、あたしはイヤらしさまで含めて「思いやり」または「(本音を見せない)心の弱さ」だと受け止める。

相手がどう感じるかをまったく考慮せず、何でも直球でぶつけるようでは三歳児と同じ。
アメリカ人じゃないんだから、何でも主張すべきとは思わない。←アメリカ人がそうなのかは個人的偏見
さすがに「息を吐くように嘘をつく」演出だらけのペルソナさんの場合は、言葉半分に受け止めて、距離をおいたつき合いにしようと思っちゃうけど。

余談だが、相手から「そんなことないよ」という言葉を引き出すために、わざと自虐に走る人もいるよね。

「最近、太っちゃったー」
「今日のメイク、変じゃない?」
「私のこと、嫌いになっちゃった?」

ここで「そうだね」と同意したら、どうなるんだろう(笑)

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