心身のいずれか（もしくは両方）が弱っていたり、落ち込んでいる人に対し「私にできることあったら、いつでも言ってね」という言葉をかけるのは優しさだ。
だけどあたしは、いくら心ではそう思っていても、口から出る直前でためらってしまう。
おそらく世の中には、割と簡単に上記のような言葉をかけられる人がいる一方、あたしのように気安く優しい言葉をかけられない人もいるはずだ。
あたしだって、昔はもっと思うままそれらの言葉を伝えていただろう。
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もう十年以上昔のこと。
あたしは友人・Ｓ美が失恋して落ち込んでいるときに、何気なく「私で力になれることがあれば、いつでも言ってね」と声をかけた。
その言葉にウソはなかった。とにかく、少しでも早く立ち直ってくれればいいと願っていた。
その後、落ち込んでいたＳ美から深夜に電話がかかってくるようになった。
あたしは少しでも励ましになればと思い、相手が落ち着くまで電話を切らずにつき合った。
その翌日も、またその翌日も、彼女は深夜に電話をかけてきた。
当時あたしはSEだったから帰宅が遅く、深夜はほぼ起きていた。
Ｓ美はフリーターだったし落ち込んでいる時期バイトを休んでいたからいいが、あたしは翌朝も10時には出勤しなければならない。
「明日も早いから、そろそろ切ってもいい？」
４日目にしてやっと言えたが、返ってきた答えは「そうやって、佳奈ちゃんも私のこと見捨てるんだ」。
もうダメ死にたい、などとまた泣かれては、おちおち電話を切ることもできず。
たぶん一週間は相手をしただろうか。
悲劇のヒロインとしては、まだまだ落ち込み足りない段階だったのだろうが、あたしのほうは、もうつき合うのは限界だった。
８日目か９日目。
とうとうあたしはＳ美からの電話に出なかった。
何度もかかってきたが、ずっと出ないでおいた。最後のコールは確か午前２時過ぎだった。
「『力になる』って言ってたじゃん。あれウソだったの？」
「ひどいよ。こんなに私が落ち込んでいるのに、無視するなんて」
「もしかして、Ｍくん（フラれた相手）に告げ口したの、佳奈ちゃんじゃないの？」
留守電に残された、恨みがましいメッセージ。
Ｍくんとあたしは確かに飲み仲間ではあったが、友人であるＳ美のことを悪く言うどころか、Ｍくんとふたりきりで会ったことすらない。濡れ衣もいいとこだ。
結局Ｓ美とは、それきり連絡を取っていない。
「私で力になれることがあったら、いつでも言ってね」とは言ったが、あたしは力になれなかった。
それどころか、半端に優しくしたことが仇となり、冷たい人だと罵られた（その後、共通の友人に陰口を叩きまくっていたらしい）。
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自分のことで精一杯な時期は、他人との距離の取り方がわからなくなるものだ。
もともと彼女は依存体質だったのかもしれないし、自分の都合のいいように事実を捻じ曲げて解釈するのが、彼女の悪い癖だったのかもしれない（実はそのあたりもＭくんにフラれた原因のひとつではないかと推測している）。
みんながみんな、Ｓ美みたいなタイプでないことはわかっている。
だが、その事件以来、あたしは迂闊に優しい言葉をかけることも無責任だと思うようになった。
同じ言葉をかけても、解釈は人それぞれ。
たとえば自分が同じ言葉で励まされたとしても「大人はみんな忙しいから」「きっと社交辞令だろう」と、言葉に込められた優しさだけありがたく受け取り、実際にはよほどのことがない限り、頼りはしないだろう。
だけどＳ美のように、額面通りに言葉を鵜呑みにし、全身で頼ってしまう人もいる。
冷たいと思われるかもしれないが、やっぱりあたしは「なんかあったら言ってね」のような言葉を、気安くかけることはできない。
彼女ほど極端ではなくても、やはり実際に頼られたら、その内容によっては応えられないこともある。
結果、力になれなくて相手を傷つけてしまうくらいなら、関わるきっかけ（優しい言葉）自体、最初から言わないほうがいい。
さすがに恋人や家族や親友は例外だ。身内レベルの相手が大変なときは、仕事を投げ出してでも力になろうと思う。
だとすると、仕事より優先できない相手にかける優しい言葉は、社交辞令ということになる。
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世の中には、たいして親しくもない相手でも、優しい言葉をかけたり手を差し伸べたりすることができる人がいる。
あたしだって、なれるものなら優しい人になりたいが、根が冷たい人間なのか、なかなか思想に行動が伴わない。
件のトラブル以来、せめて言動だけは行動と一致するよう努めている。
瞬間の優しさにより迂闊な言葉を発して信用を失うくらいなら、冷たいと思われようと誠実でありたい。
「言うだけならタダ」なんて偽善者も世の中には多い。
でもあたしは「タダほど高いものはない」と思う。
……冷たくて、ごめんね。
